飛鳥時代から安土桃山時代まで(鎌倉時代を除く)の1000年程度はずっと関西が日本の首都だったから関西弁=標準語だったはずですよね・・・。
ですから江戸時代以降、むりやり関東弁=標準語として広めようとしてきましたが、所詮、関東弁も方言なんで、完成された言葉である関西便には負けるんでしょうか?
当方関西人ですが・・・。
関西人の特徴として、他府県に行ってもなかなか関西弁を止めようとしない人が多いのがあると思います。
一方、関東弁が標準語といいながら、東京に住む多くの人は他府県から出てきた人です。関東弁に生まれながらになじみがある人が少ない分、他府県の方言(関西弁)が蔓延しても抵抗力が少ないのでしょう、と予想しますが。
あのー、標準語(東京弁)って関東弁ではないんです。一応関西弁の親戚になります。
関東弁というのは東北弁に近い言葉で、東京の言葉とはまったくちがいます。埼玉や千葉の人が近年標準語をしゃべるようになって、そう誤解されているだけです。
首都という意味では、明治に入るまで長く京都が首都では?
今、テレビ等を通して広く知られ、関西ゆかりのものではない人にも使われている関西弁は、京都で使われている関西弁ではないと思います。
同じ関西でも大阪で使われている関西弁だと思います。
大阪で使われている関西弁が受け入れられている理由としては、まず、昨今のお笑いブームが影響していると思います。
また、大阪は東京に次いで大きい都市ですし、日本の首都は東京ですから、関東に在住もしくは仕事に来る大阪の人は多いことでしょう。それらの人の多くが標準語を使わず関西弁を使い続けたとすれば、関西弁が受け入れられやすい環境が作られると思います。
言語の勝ち負けではなく、上記のような理由が関西弁が受け入れられやすい理由だと思います。
http://q.hatena.ne.jp/(参考サイトはないので、URLはダミーです)
いろいろと誤解があるみたいなので,簡単にコメントします。
> 関西弁がもともとは日本の標準語
「標準語」,つまり「日本」という国家で標準的に使われるべき言語,という発想自体が,明治以降のものです。
江戸時代以前はそれぞれの「くに」で別々の言葉が使われていてそれを標準化しようという動きもなければ,そもそも言語や文化を同じくする「日本」人という枠組み自体,明治以降のものなので,問題の立て方が良くないと思います。
> 関西が日本の首都だったから関西弁=標準語だった
仮に「標準語」というものを措定するにせよ,首都の言葉を全国に一律の学校教育によって広めようという発想自体が政府になかったので,関西弁=標準語とも言えないと思います。ただ一般的に,文明圏→非文明圏への言葉の流れはあったので,語彙や発音を時系列に追っていくと,京都を中心とした同心円状の動きが見られることを柳田が発見していたような?
> 所詮、関東弁も方言なんで、完成された言葉である関西便には負けるんでしょうか?
標準語=「完成」されているというのは全くの誤解ですし,「完成」されているから広まりやすいという訳でもありません。
言語としての「完成」度をどうやって測るのかという基準もありません。
ということで,結論を申し上げると,ちょっと問いの立て方が悪すぎて,質問に答えようがないといったところです。
>関西弁がもともとは日本の標準語だったからすんなり受け入れられてるんでしょうか?
それでは、東北や九州・四国に残った言語がなぜ受け入れられていないのでしょうか?!
東北や九州・四国の方が言語としては古いはずですが。。
>飛鳥時代から安土桃山時代まで(鎌倉時代を除く)の1000年程度はずっと関西が日本の首都だったから関西弁=標準語だったはずですよね・・・。
では、当時から言語が変わっていないという立場を取られているのですか?!
前で言っていることと矛盾しませんか?!
>ですから江戸時代以降、むりやり関東弁=標準語として広めようとしてきましたが、
「むりやり」とは何を根拠にそう述べるのですか!?
江戸時代では国家による言語教育は、あったとしても武士階級における漢文による朱子学です。
>所詮、関東弁も方言なんで、完成された言葉である関西便には負けるんでしょうか?
「完成された言葉」の基準はなんでしょうか?!
そもそも、言語も使い手である話しても変わるので、完成されたものは存在し得ないと考えます。
「負ける」…どういう意味で負けるのでしょうか?!話者の人口と言うことですか!?
そもそも
>関西弁が全国に蔓延していますが
これは誰を、どこを対象にしているのか明示していただけなければ、回答できません。
推測までに、豊臣秀吉以降昭和初期の大阪に全国の商人が集まって、伝播したのではないでしょうか。
参考までにこれを
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AF%E5%...
日本語は年速一キロで動く (講談社現代新書) (新書)
井上 史雄 (著)
コメント(3件)
この関係は東京弁と関西弁の間にもあります。
家康以後、江戸が日本の首都となります。しかし、そこに住んだ侍は譜代は西の侍が多いし、あとは各藩の江戸屋敷に住む侍、職人や商人は満足にいなかったから、これを大阪・京都から連れてきた。だから江戸で話された有力な言葉は西の言葉だったのです。江戸っ子弁として有名な神田周辺のべらんめぇ調も、ルーツは大阪の河内弁にあります。家康が大阪から魚職人をつれてきて、魚河岸を開かせたからです。だから、神田弁と河内弁には今でも共通の語彙が多い。
明治以後も政府を作ったのは薩長土肥ですし、財界人もほとんど大阪の商家です。(住友はもとより三菱もそうなのです)そういうわけで、明治以後も西の言葉が東京では強かった。
それで、西の言葉を中心にして標準語が作られたのだと思います。
もちろん、江戸を一歩でると、そこで関東平野のお百姓さんたちがしゃべっていたのは東北弁に近い言葉(だべ、おら)ですが、これはあまり標準語には影響を与えていません。現在埼玉や千葉の人がしゃべっているのは、もともとの関東の方言ではなく、西の言葉をもとにした標準語なのです。つまり、関東平野は言語的には関西化されたのです。それでオリジナルの関西弁をしゃべる関西人が東京でも臆さないというわけなのです。
大阪読売新聞にも載っていましたが、もうページがないので、これを。
http://www.tokyochuo.net/issue/city/5_uogasi/uogasi.html
この関係は中央区で話されている江戸言葉にとどまらず、山の手の言葉(東京弁)、それをもとにした標準語についても言え、イントネーションや抑揚こそ変化していますが、文法や語彙的には、東京弁は関西系の言語なのです。
一例を挙げると、方向を示すとき、
東京弁、関西弁 ◯◯へ
東北弁、関東弁 ◯◯さ
北海道から静岡くらいまである程度方言のつながりがありますが、江戸・明治と関西人の進出を受けた関東平野だけは、言語的には関西化しているのです。千葉や埼玉で標準語を得意がっている人は、それが元は関西弁だということに気づいていないくらい無知なだけです。
満人に弁髪を強制された中国人が、次第に弁髪に愛着をおぼえ、禁止されるに及んでは
抵抗したように。文化というのは基本的に強制ですが、強制された側は次第にそれが
自分の文化だと誤解してしまうのです。