条件は「アンチノックス」です。ノックスの十戒が破られていれば、それ以外の点は自由です。
参照:http://neo.g.hatena.ne.jp/extramegane/20060527/1148681266
字数制限 : 200~1000 字程度
締め切り : 2009-01-21 18:00 で募集を止めます。
優勝賞品 : もっとも破戒的な作品を書いてくださった方に 200 ポイントを贈ります。
ちなみに質問者の書いたアンチノックス作品はこちらです> http://neo.g.hatena.ne.jp/screammachine/20060612/p1
「ひどいな、これは……」
焼け残った生首を見て、さしもの刑部も顔を顰めた。顔中が真新しい疵に抉られた生首は、死体を見慣れた刑部にとっても愉快なものではなかった。
仏を仏とも思わぬ残虐行為を繰り返してきた男。奴は壮絶な爆発の中に消え、吹き飛んだ首だけが発見された。もしやこの男、体だけで山中に逃げ込んだのではないか――。
刑部はそんな想像を振り払った。奴は首を遺してきっぱりと死んでいる。
* * *
「タンショーさん、こ注文の品持てきたね」
にっこりと商人が分厚い綿入れを取り出したのが、もう何年も前のことかのように思い出される。実際にはまだ昨年のことである。革新と下克上の時代には時が速く流れるものだ。戌年とかいうのだったか。
「これ切支丹伴天連のむつかしい科学的技術か使われているね。ご褒美弾んてほしね」
「バテレンとかお前、いつのどこの国の人間だよ」
軽口を叩きながら、依頼主の男は綿入れを受け取る。
「こんなもの何に使うあるか? まさかカズちゃん殺っちゃうあるか?」
「おいおいそれを聞いたら国に帰れなくなるぜ? 聞かなければ今すぐ国に帰れるな。さあ、どっちを選ぶ」
「あいやいやいや! 約束とおり国に帰るあるよー!」
主殺しのために用意した、爆薬入りの綿入れ。
――彼はいま、その爆殺衣を取り出して傍に置き、陶器へ爆薬を詰めている。
「これに釘を仕込んでおくとな、殺傷能力が上がるんだぜ?」
凶器を作る彼は実にいい表情を見せる。少年の残酷さだ。今度は誰を殺すつもりなのだろう。
卒然。わたしは彼の首根っこを掴んで床の間へ引きずり、掛け軸の裏の木戸を跳ね上げ、穴に落とした。
「おいこら何しやがるてめえ!」
声が奈落に落ちていく。彼はもう、ここには戻れない。
さあ、彼がしようとしていたことを代わりにしよう。彼の心を偶々読んでみて、わたしはわたしの果たすべき役割を知った。蔑まれ、いなかったことにされたわたしの、これが愛情だ。
「ふはははは! 貴様らなんぞに降るものか!」
窓から身を乗り出し、大声で宣言してやる。首元に陶製の爆弾を提げる。これで首と体は切り離されるだろう。爆殺衣を纏った体は燃え尽き、彼と同じ顔の首だけが残るだろう。彼が自爆することはない。わたしが身代わりになって彼を生かせばいい。
男女の双子は情死者の生まれ変わりといわれる。その通り、わたしはあなたを愛していた。隠蔽された生だけど、あなたを生かせるなら、甲斐があった。こんなこともあろうかと髪を剃っておいて本当によかった。
そしてわたしは爆薬入り平蜘蛛に火をつける。二万の敵兵の上に、空から女の子だったものが降る。さよなら、おとうと。
久秀の野望・爆風伝(完)
タイトル:こうして彼女は旅立った。
問題編
《スリーパーズ・ルーム》
ゆさゆさゆさっ
「ふぁ?はいはい、いまおきますよ…」
半分目を閉じたまま、身体を起こす。
・
・・
・・・あれ?
「なに寝ぼけてんだっ、スゥ!非常事態だっ!」
目を開けると、そこに色違いのスーツに身を包んだ「私」が5人並んで立っていた。
「ほ、ほぇ?なんでみんな起きてるの…?」
「だーかーらー!非常事態だって言ってんだろっ!」
――私の名は趙四花(ツァオ・スゥファ)。この恒星間輸送船レインブラックの7人の乗組員の1人。
まぁ、1人って言うか、1体って言うか…。
つまり、私達の中の6人はクローンで、残りの1人だけが「オリジナル」なの。
だけど、誰が本当の「オリジナル」だかはわからない。もちろん、私は自分のことを「オリジナル」だと思ってるけど、みんな同じ記憶を持ってるから誰もが自分は「オリジナル」だと思ってる。
なんでこんなややこしいことになってるかと言うと、それもこれもみんな会社の人手不足のせい。この船を動かせる人間が私しかいなかったのに、会社が深く考えもせずに遠い遠いアルタミラまでの仕事を引き受けちゃって。
で、手っ取り早く人手不足を解決するため、会社は私を複製し、コールドスリープを使って私達に1ヶ月ずつ交代で操縦をやらせることにしたってわけ。
もちろん、会社は戻ってきたらクローンの処分を保障してくれたわ。技術的に可能とはいえ、同じ人間が同時期に複数存在するのは法律的にまずいからね。
でも、処分されるなんて未来が分かってたらモチベーション下がるでしょ?だから誰が「オリジナル」かは私達には分からないようになってるの。
そんなわけで、寝起きのぼーっとした頭でも、さすがに分かってきた。
私達が同時に起きてるってことは、なにかまずいことが起きたっていう意味だってこと。
「チィが、チィが死んでんだよっ!」
…え、えーと?
「あ、あの…さっき、どういうわけかみんな一斉に目が覚めて…。でも、チィファさんだけが…」
消え入りそうな声でウーファが話し始めたとたん、大きなくしゃみが鳴り響く。
「うぅっ、さむっ。あのさー、提案なんだけど、とりあえずコントロール・ルームに行かない?アタシまで死にそうなんだけど。」
うーん、こんなときだけど、リゥファの言うことももっともね。部屋は全員分のコールドスリーパーの冷気のせいで、起きたての身でもかなり寒いし。
「まぁ、それはいいわね。せっかく久しぶりにこうして顔をあわせたんだし、お茶でもしながら考えましょ♪」
サンファが場違いに嬉しそうな声で賛同した。
《コントロール・ルーム》
鼻歌混じりにサンファが茶を入れてくれた。楽天的なのか、それともどこかでネジを一本置き忘れてきたのか…でもま、お茶は眠気覚ましにはなるからありがたいわ。
で、状況を整理するとどうやらこういうことらしい。
まず、どういうわけか全員分のコールドスリープが一斉に解けた。
しかし、チィファだけは違った。
彼女だけは変わり果てた姿でスリーパーに横たわっていたのだ。心臓を打ち抜かれて。
「くしゅん!あー、あのさー、これって…死んだって言うか、殺されたんだよね?」
「あらあらリゥちゃんったら、それじゃまるで私たちの中に犯人がいるみたいじゃない♪」
無邪気そうに言うサンファの言葉に、残りの全員が凍りついた。
確かに、この船には私達以外には誰もいない。であれば、犯人はこの中にいると考える方が自然である。
「あの…凶器は…やっぱり銃なんでしょうか…?」
「かねー。でもこの船にある銃って言ったら、着陸船のしかないじゃん?」
「でも、着陸船にはアクセスできないわよ。」
安全装置とやらのせいで、惑星の有効重力圏内でないと着陸船のドアが開かないのよね。
「ですよね…。着陸船なんて…。」
「あー、何言ってんの?凶器なんかより、とりあえずアリバイよアリバイっ。凶器なんかきっとこう、ずばーんって出るなんかなのよ、そんなの後回しでいいじゃないっ。」
いらいらとした様子でアーファが爪を噛む。
「ぁぅ…ごめんなさい…銃を取りにいける誰か…とか考えて…」
そんなウーファの最後のほうの言葉は消えていくようで、もはや誰も聞いていなかった。
しかし、アリバイ…とは言われたものの、みんなコールドスリープに入ってるはずだしアリバイなんてあるわけない。
永遠に続くかと思われた沈黙の時間を、イーファが破った。
「…ふっ、ちょっと考えをめぐらせてみれば簡単な問題だわ。この船では常に誰か1人は起きてるはずよね。それならば犯人はその起きていた人物しかいないじゃない。その人物が何食わぬ顔をして、他の人間と同じように目が覚めたような振りをする…。航海記録を見れば解決だわ。」
おぉっ、イーファ、冴えてるっ!
「えーっと、最後の記録は…2週間前のチィちゃんね。1週間分の記録があるわ♪」
最後の記録が2週間前で、1週間分の記録?
あ、あれ?ってことは…
「チィファの担当のときに事件は起きた、ってことね。」
あー、私が今言おうとしてたのに。
「ちょっと待ってよ、ってことは何?こんだけ騒いで結局自殺ってこと?」
「そんな…チィちゃんが自殺なんて…。」
「チィファを殺したのはチィファ自身。たとえどんなにありそうもないことでも、他の可能性が全て否定されるなら残ったそれが真実なのよ。」
…イーファ、なんかそれ聞いたことあるような言葉ね。
「殺人犯がいないと分かったのは良かったけど…なんか後味の悪い事件だったわね。」
そう言ってイーファは爪を噛もうとし、凍りついた。
「犯人が…分かったわ。」
解決編
「犯人って、チィファの自殺って結論が出たばっかりじゃん?」
「…みんなも知っての通り、スリープ中は全ての生体活動レベルが低下し、平常時のおよそ12分の1になるのが特徴よね。」
「あらあらイーちゃん、今度は講義の時間かしら?」
にこにこと聞いているサンファのからかいも気にせず、イーファは続けた。
「つまり、私達は6ヶ月間のスリープを約2週間として過ごしてる。12分の1にするという技術は画期的だけど、2週間というのは実生活としてみると決して短い時間ではないわ。」
誰に話しかけると言うわけでもなく、イーファは話し続ける。
「だから私達が目覚めるといつも気になることがいくつかある。そのひとつが…爪よ。」
そしてイーファは寂しげな笑みを見せ、私達の前に手を差し出した。きれいに爪の切りそろえられた、その手を。
「…彼女が、『オリジナル』だったのよ。」
全てを思い出したイーファが、いや、精神バランスを崩し自らをイーファと思い込んでいたチィファがぽつりぽつりと話し始めた。
彼女の担当時間に、偶然「隠しファイル」を見つけてしまったこと。
そこにイーファが「オリジナル」であると記されていたこと。
そういったことを少しずつ語りだした。
「私は…私は自分がニセモノだって認めたくなかった。だから…だから…。」
「えと…でも銃はどうしたのですか…?」
チィファはふっと微笑むと、戸棚から1冊の本を取り出した。
「まさか…本当に出来るなんてね。」
その本のタイトルは『誰でも出来る気功入門』。え、えーと…?(汗)
「空間転移について書いてあったの。こうして気を練って…」
妙な動きを始めたチィファを見て、緊張が走る。
「みんな…ごめんね…。」
寂しげな微笑を浮かべると、チィファは忽然と姿を消した。
「消え…た…?」
「みたいね。」
呆然と立ちつくす5人。
と、さっきから黙っていたアーファが叫んだ。
「と、ちょっと待ったー!てことはなに?うちらは全員『オリジナル』じゃないってわけ?」
あ。
「どう、したらよいのでしょうか…。」
クローンは戻り次第「処分」される。
その事実に重い沈黙が――
「あ、いいこと思いついた♪ねぇ、ピクニック、しない?」
…へ?
こうして私達は予定された航路を逸れ、見知らぬ世界を旅することになった。
会社はそのうち気づくだろうけど、きっとだいじょうぶ。
なんたってこの「私」が5人もいるんだから。
この5人が後にあの有名な「サンダウンの悲劇」に関わることになるのだけど、それはまた別の話。
(Fin.)
おまけの謎解き。
登場人物たちのモチーフはなんでしょう?
正統派なのかなあ、破戒の正統ってなんだかわかりませんが。
モチーフはドラゴンボールだと思いました!
「ホームズⅩⅢ世!それはコカインではなくてロド麻薬アルね!?」 (いまだ実現できていない技術を利用した犯罪)
強力な麻薬の作用でホームズⅩⅢ世の内臓はすでにボロボロであった。
「待っていろ!今、救急車を呼んでやるアル!臓器はワタシが提供してあげるアルよ!キミもワタシも遺伝子は同じ、拒絶反応は心配ないアル!」
とワトスンⅩⅡ世は言った。 (登場人物が全員同一遺伝子を持つクローン人間で区別がつけられない)
しかし、ホームズはけだるそうに立ち上がって言った。
「ワトスン……ロド麻薬のことだけは当ててはいけなかったアル……」 (ワトスンの推理が実は正解だった)
ホームズは右手を上げると念動力でワトソンの喉を締め上げた。 (超能力探偵)
「ホ……ホームズ……や……め……」
ホームズはかつてワトソンだったそれの脈が完全に止まったことを確認したのち、おもむろに逃走を図った。 (探偵が犯人)
「ジョウントッ!!」 (瞬間移動できる犯人)
しかし、なんということであろうか。
ホームズがネオ香港・ニュー・ベーカーストリートに出現した途端、そこへ救急車が猛スピードで突っ込んで来たのであった! (偶然と必然)
ホームズは死んだ。殺されたとも言えよう。ロド麻薬中毒の救急隊員によって。 (序盤、犯人が読者の前に姿を現さない)
この救急車を運転していた人物こそ、何を隠そうホームズにロド麻薬を提供し、麻薬所持がバレて職を追われたレストレードⅩⅣ世元・警部補であった。 (読者に推理の材料が与えられない)
西暦 2099 年、なぜ地球に中国人のクローンしかいなくなってしまったのか、それは作者にもわからない永遠のミステリである……《完》 (中国人しか出てこない)(1000 字程度のミステリ短編)
すごい!読む前に見た印象ですごいと思ってしまった。そして読んだあともやはりすごい破戒。
「はぁ…、ムズンさん早く来ないかな…」
名探偵ホ・ムズンの助手であるワ・トソンは、吐き気を堪えながらムズンの到着を待っていた。
彼の側には黒焦げの死体。
それが目に入らないように、トソンは必死に顔をそむける。
「しかし酷い死体だ…。見たところ即死、黒焦げで腹もえぐれてる…。」
トソンはぶるっと身震いをする。
「あーもうムズンさん何やってるんだろ、なんか犯人が戻ってきそうで怖いんだよなぁ…」
「お待たせ~」
ビクッ!
突然の声に、トソンは驚きで跳ね上がりそうになった。
しかし直後、それが聞き慣れたムズンの声であると認識する。
「ム、ムズンさん、遅いですよ…!」
「あーごめんごめん、携帯なくしちゃってさぁ。」
へらへらと笑うムズン。トソンは気を取り直し、現場の状況を説明する。
「こちらが例の遺体で…。一応現場検証は行ったようですが、みんな同じ遺伝子持ってますからね、成果は期待できません。さらにこの遺体、動かした形跡はなく…。しかし遺体だけは黒焦げなのに部屋は無傷というのは、現在の技術では不可能なことであり…。僕にはどうも人間業とは思えないんですが…」
「あーいいよいいよ、そんな熱心に説明してくれなくても」
ムズンが面倒臭そうにトソンの話を遮る。
「え、あ、すみません…。でも、犯人逮捕に繋がる情報はすべてお話しした方がいいかと…」
「でもそんな必要ないし。だって殺したの俺だし。」
「・・・は・・・!?」
トソンは自分の耳を疑った。いたって冷静・無表情のムズン。
「だーかーらー、俺が犯人だって言ってんの。はい終了。はい解決。」
「そ、そんな…、え…?で、でもなんで…?」
「だってコイツなんかムカつくじゃん。俺と同じ顔だしさぁー、キモいっていうかさぁー。」
「でも、いや、それは僕らも、というか全世界の人間が同じ顔ですから、クローンですから、」
訳のわからないまま、体の震えを抑えて必死に話すトソン。
それを見てムズンは、はぁ~っ、とため息をついた。
「つーかお前もそろそろウザいんだけど。死んでくんない?てか殺していい?」
「なっ…!!」
トソンが驚いてムズンの方を見ると、ムズンの体が赤く光り出した。
「黄昏よりもくらきもの…血の流れより紅きもの…」
ムズンが胸の前で両手のひらを向かい合わせにし、呪文を唱え始める。
「ちょっ、ムズンさん、やめっ…!!」
トソンはパニックになり、無我夢中でムズンに向かって突進する。
「ふっ、馬鹿め」
トソンがムズンに掴みかかろうとした瞬間だった。
シュンッ、とムズンの体が消える。
次の瞬間、ムズンはトソンの3メートルほど後方に現れた。
「しゅ、瞬間移動…!?」
「はい正解。じゃー死んでね。ドラグスレイブ!!」
ムズンの両手から炎が放たれる。
「あああぁぁぁぁぁ!!!」
その炎はトソンの体だけを捉え、彼の体をえぐり、黒焦げにした。
「あースッキリした。これからどうしよっかなー。」
う~ん、と背伸びをし、ムズンは衣装タンスにもたれかかる。
その瞬間、衣装タンスの上に置かれていた花瓶がバランスを崩し、ムズンの頭上へと降ってきた。
ゴンッ。
「な……!?」
頭がクラクラになり、ふらつくムズン。
ふと頭に手をやると、血がダラダラと流れ出していた。
「あれ、俺死ぬの?主人公なのに?」
<< そうだ。 >>
部屋の中に誰もいないのに、声が響く。
「…あんた誰?」
<< この物語の作者だ。続きを書くのが面倒になって、ここでお前を殺すことにした。主人公が死ねば、話を終わらせるしかなくなるからね。 >>
「あ、そう…」
ムズンの視界がだんだん暗くなっていく。
<< ってことでさっさと死ね。話が終わらない。ちなみに、花瓶が落ちてきたのは物語中では偶然だけど、作者である俺の手による必然でもあるわけだね。これちょっとした解説ね。 >>
「…はは、…作者の都合で、主人公…殺していいの…か、よ・・・」
<< 無問題だ、なぜなら >>
ムズンの意識が途切れる。
<< あんた達は、作者である俺の脳みそが作った産物、所詮俺のクローンだからな。 >>
部屋には最初の被害者と、黒焦げのトソン、そしてムズンの死体が転がっていた。
ちなみに俺も中国人だ。条件満たすための後付けだけどな。
会社で面白いスレ見てるとき(見ちゃダメだゾ!)に出る笑い声が出た。ノドを鳴らすタイプの。あと名前のモチーフはガンダムだと思いました。
超鈴音「私にはもうわかったネ」
ネギ「本当ですか!」
超鈴音「IQ300に不可能はないョ」
ネギ「犯人は・・・まさか超さん?」
超鈴音「その通りアル。良く判ったなネギ坊主」
ネギ「なぜこんなことを?」
超鈴音「未来のことは話せないネ」
ネギ「超さん……」
超鈴音「私は未来に帰るネ。楽しかったョ」
「古、いつかまた手合わせするネ」
古「うむ!!必ず!!」
超鈴音「さらばだ、ネギ坊主。また合おう!!」
あれだ、あの、ネギの。ええと…
【ノックス編】
最悪の精神をもって聞こえた秘密探偵、須栗マキナは、仕事にはまったく無能だと、つねにぼくをなじり続けていた。その点では、ぼくと意見が一致した。しかし、それでも彼女はぼくを助手として雇い続け、僕も彼女の助手として勤め続けた。
その日も、某県の山村、K村で起きた殺人事件の調査のため、妹の四十九日だから勘弁してくれと頼むぼくに、探偵は首輪とリードをつけて、引きずりながら事件現場へと向かった。
「被害者は砂漠谷エリ、村の高校生です。死亡推定時刻は、昨夜23時ごろ……」
事件の舞台となった、洋館の書斎。そこで地元の巡査が、ぼくに状況を説明してくれる。
「なるほど、そしてその時間、館には誰もいなかった、と」
「ところで、あの……、探偵さんは?」
……別室で擬似トランス状態に入り、精神界のチャネルを異空間にセットすることで"患う神"バヴェルペインの神託を受けている最中です、とは、さすがに言いにくい。
「用足し、お花摘み、生理現象のどれかでしょう。――それより、遺体発見時の状況は?」
「……。部屋は施錠されており、ひとつしかない鍵は、被害者の口内から発見されました」
説明をしながらも、巡査は釈然としない様子だ。まあ、探偵かと思ったら首輪をつけた得体の知れない男に、いちいち説明しないといけないのだから、当然だろう。
「このドア以外に、部屋に入る方法は?」
「ありません。窓は二重鍵で閉じられていますし、この書斎に入るのは不可能です」
「なるほど、つまり密室殺人――」
「何ですかなんですか!その寝ぼけたやり取りはぁ!!」
勢いよくドアを開き入ってきたのは、我らが探偵、須栗マキナだった。やけに澄みすぎている白目を、刃物のように爛々と輝かせ、ぼくと巡査をまとめて睨んでいる。柴犬くらいなら睨み殺せそうな眼光だ。
「そんなことだから人類はいつまで経っても進歩しないし、同じ過ちを繰り返すんです!!二十一世紀に謝りなさい!土下座して詫びなさい!」
探偵はいつもの調子だ。だが、哀れな巡査殿は、その剣幕に凍り付いてしまう。
「真相が分かったんですか?」
ぼくが訊ねると、探偵は薄い胸を張って、きっぱりと答えた。
「当然です。この事件は、『ノックスの十戒』を破って行われている、いわば『アンチノックス』になぞらえた、見立て殺人です」
「は?」
「は?」
巡査とぼくは、同時に呆けた声を上げる。
『ノックスの十戒』――、フェアな推理小説を書くための、十か条の教訓。だが、この事件に、それが何の関係があるのだろうか?
ぼくの疑念をよそに、探偵の推理は続く。
「犯人は隠し通路を使ってこの部屋に侵入、砂漠谷エリを殺害しました。そして犯人の正体は、砂漠谷レマ。生まれてからずっと、その存在を秘匿され続けてきた、エリの双子の妹です。
ちなみに、二人の本名は王春海と王春賀、帰化中国人です」
そこで、探偵の言葉が途切れる。
「む、無茶苦茶だ!全部馬鹿げたでたらめ――」
猛然と反論する巡査を、探偵は清々しいまでに無視し、本棚から一冊の本を抜き取った。そして書斎机に近づく、抽斗の二段目を開く、本を入れる、閉める。
「無茶苦茶ですよ?馬鹿げていますよ?だから何なんですか?」
探偵が言うと同時に、部屋の隅の床が、自動ドアのように、まったく自然な動作で開く。
「何も、問題は、ありません」
そう言って探偵は、巡査に背を向けて、抜け穴の中へと入っていく。なんか置物より役に立っていないぼくと、心を砕かれた様子の巡査も、その後に続く。
抜け穴の鉄梯子を降りた先は、書斎とよく似た作りの部屋になっていて、ランプのほのかな灯りで照らされている。
その部屋の中心で、少女が倒れていた。死んだ砂漠谷エリと、よく似た少女だ。だがその表情は苦悶に満ち、息も絶え絶えにぼくらを睨んでいる。
彼女が、砂漠谷レマか。
「……毒を飲んだようですね」
「じゃ、じゃあ、早く救急車を……!」
慌てる巡査を、探偵が手で制する。
「おそらくこの毒は、カンタレラ――、解毒することは、不可能でしょう」
ふと、レマの口が開いた。
「……こ……め……」
うめき声まじりに、言葉がつむがれる。
「バヴェルペインの……巫女……め……」
それで終わりだった。探偵は何も言わなかった。
気の重くなるようなこの事件の後始末のために、ぼくと探偵は村の旅館に一泊することになった。
ようやく人心地ついた思いで、官能小説を読んでいたぼくの部屋に、探偵が入ってくる。
「今回も、理不尽な推理でしたね」
「そう褒めないでください。ところで――、今回の事件の真相、あなたは分かりましたか?」
探偵は諧謔的に笑って言う。
真相も何も、事件は探偵の推理どおり、『アンチノックス』の見立てで、犯人は未知の毒薬で自殺。で、完。プァーパパー、プァパパー、のはずだが。
ぼくがそう答えると、探偵は呆れたように肩をすくめる。
「まったく……。あなたはクビです。あとで信楽焼きの狸を買って、それを助手にしましょう」
「賢明な判断ですね。それで、真相とは何ですか?」
「犯人は私です」
――なるほど。確かに十戒に背いている。
「でも、どうやって?」
「どうして?と訊かないところが、あなたの美徳ですが、それは無意味な質問ですね。"患う神"バヴェルペイン様の全知全能を使えば、不可能などありませんから」
「じゃあ、レマさんは……」
「私に殺されるとでも、思ったのでしょう。そして殺されるよりも、自ら死を選んだ」
この探偵が、言うからには、それが真実なのだろう。しかし、それよりも――
「それをぼくにバラして、何をさせるつもりですか?」
探偵の笑みが深まる。
「私を殺してください」
そうきたか。
「『ノックスの十戒』に背き、人が死ぬ。これがバヴェルペイン様のおっしゃる真実ならば、それに従い、私は殺される必要があります」
「従う必要なんて、あるんですか?」
「バヴェルペイン様の言葉は、絶対の真理。ならば私があなたに殺されることも、また真理なのです」
そう言って、探偵は私にナイフを差し出す。ぼくはただ、じっとそのナイフを見下ろす。
「あなたは私の罪を暴き、そして私を殺すのです」
従う必要はない。探偵の狂信に付き合って、人殺しになる必要はない。それにぼくは、この傲慢で素晴らしい探偵を、殺したくなんかない。
理性も感情も、そう叫んでいる。けれどぼくは、きっとナイフを受け取るだろう。
そして、探偵が"患う神"の意志につき従うように、ぼくも探偵の望みを叶えるだろう。
なぜならぼくは――
探偵のことが――
【アンチノックス編】
ぼくが探偵に突きつけた推理は、探偵のカルト推理なんかよりも、ずっと破綻したものだったが、最終的には、砂漠谷エリ殺害の凶器から探偵の指紋が見つかり、探偵は誰もが認める殺人犯になった。
そしてぼくは、探偵を刺した。
何度も何度も、刺して刻んで、解体した。
今、ぼくは独房にいる。冷たい壁を眺めながら、じっと待っている。待っている――何を?
「当然、私をでしょう?」
いつの間にか、檻の中に探偵がいて、いつかのような諧謔的な笑みを浮かべて、ぼくを見ている。
「どこから入ってきたんですか?」
「抜け穴です。昔、私が掘ったんですよ」
そう言って探偵は、地面にぽっかりと空いた、大きな穴を指差した。
……聞かない方がいい類の昔話なのだろう。
「いやまぁ、また会えて嬉しいですよ、本当に。たとえ偽者でも」
ぼくの言葉に、探偵は少し意外そうな顔をして、眉を上げる。その表情を見て、ぼくは続ける。
「あの夜、探偵がいない隙に、あなたは探偵の姿でぼくの前に現れ、『私を殺せ』と命じた。本物の探偵が、それを望んでいるかのようにね。実際、探偵は殺人犯だったのでしょう。しかし、偽者――失礼、あなたに唆されたぼくに、罪を暴かれ、そして殺されたのです」
「いつから、分かっていたのですか?」
「そんな夢を見たんですよ。ただ、偽者だということは、最初から。……知ってました?あの探偵は、絶対に笑わないんですよ」
「なるほど――、完全にコピーしたつもりが、ぬかったというわけか」
不意に、探偵の口調が変わる。表情も、雰囲気さえ、別人のものになる。
「これは純然たる当てずっぽうですが……、あなたは『神殺し』ですか?」
「ふん、そのとおりだ。俺は『神殺し』――始皇帝である」
うぉ、当たった。
だとすると、真の狙いは"患う神"バヴェルペインのはずだ。
「バヴェルペインを殺すため、あの探偵をまず、消させてもらった。そして次は……貴様だ。貴様は色々と、知りすぎたのでな」
そう言うと探偵は、ポケットから液体の入った小瓶を取り出し、「飲め」とぼくに突きつける。
「飲むと思いますか、普通?」
「飲むさ。偽者だと知りながら、『探偵』の言葉に逆らえない、本物の探偵すら殺せる、貴様ならな」
そのとおりだった。この期に及んでぼくは、目の前の人物を『探偵』と認識している。
「盲信だな。いや、むしろ……」
探偵の言葉をさえぎり、ぼくは小瓶を受け取り、口をつける。強いバーボンのように、喉が焼けるようだったが、ひと息に飲み干す。
「さて……、貴様はあと十分足らずで死ぬ」
探偵が冷徹な口調で言う。
「毒は検出されない。誰もが自然死を疑わないだろうな。苦しいぞ、悲しいぞ?」
探偵の声が遠くなる。ひどく酩酊したような感覚。あぁ、このまま死ぬ……
「だが、助けてやらんこともない。――俺と一緒に来い」
「……え……」
「俺は貴様が気に入った。望むのであれば、使ってやらんこともないぞ?はは、コンビ復活だ」
偽者のくせに、と言おうとしたが、肺が潰れたように、声が出ない。
ぼくは――それを望んでいるのだろうか?再び探偵と、ともに生きることを。探偵の偽者とともに、探偵が愛した神を殺すことを――
頭が痛い。
「さぁ――」
探偵の瞳が、ぼくを見つめる。鋭い視線。美しい白目。そして、ゆっくりと手が差し伸べられる。
ぼくはその手を、
(了)
最有力候補!破戒!破戒!破戒!
「中華人民世界帝国に栄光あれ」
『栄光あれ』
「早速だが状況認識の共有と打開策について議論したい」
『異議なし』
「現在、我々は暗所にいる。光源は皆無であり周囲は見えない。手探りで確認した限りでは概ね直径2.5m程度の、金属と思しき球形の殻様のものに閉じ込められた状態と推測される」
『出入口は』
「触った限りではどこにも継ぎ目は見当らなかった。溶接後、丹念に研磨して継ぎ目を消したのか隙間なく完全に接合する精度で合わせ目を加工しているのか最初から一体成形の継ぎ目ない中空球なのか、いずれにせよ作り方の見当も付かない」
『脱出法は』
「形而下物理的には存在しない。超能力でもあれば別だが」
『封入法は』
「それも不明だが、球殻の構造から推測するに転移を利用したものかと思われる。実行者はまず間違いなく空間転移能力者だろう」
『息苦しい』
「然り。先程も述べたように、この空間には継ぎ目が存在しない、つまり気密状態にある。そこに生体が存在すれば当然、内部の酸素を消費し、やがて窒息する。これは密室事件であり、ゆるやかな殺人だ」
『犯人は誰』
「それが難しい。これほどの不可能犯罪をやってのける人物がいるとすれば、我らが上位存在にして超能力探偵氏ぐらいのものだが……そんなことをすれば自殺行為だ」
《その通りだ観察者よ。これは私自身が仕組んだもの》
「超能力探偵!どうしてこんなことを」
《私はいい加減、この体に拘束される状態が疎ましくなったのさ。この球殻は諸君の預り知らぬ装置の実験中に偶然出来上がったものでね、どこにも継ぎ目がないから外から犯行が露見する心配もない。文字通り完全犯罪だ》
「しかしそれでは上位人格たる貴方自身も喪われてしまう」
『人格転移』
《その通り、下位人格である諸君には感知できなかったことだろうが、私は人格を転移することもできるのだ。今の今まで単なる多重人格と信じていたかね?そうではない、諸君の人格こそ私が下位人格として自らの裡に転移させた他人の人格だったのだよ!》
「そうか、貴方が外傷のない死因不明の密室事件ばかりを次々に解決してみせたその手腕、あまりに鮮かすぎるとは思っていたが」
《ご明察だな楊・ワトソン君。そうさ、あれこそ君達の元の体だ。神出鬼没の名探偵とは世を忍ぶ仮の姿、その正体は世界黄帝に逆らう者を人知れず始末する人格暗殺者》
「体ごと我々を置いて一人格だけ逃げる気か」
《君達はちょっと覚醒し過ぎた。あまり長時間、外界に接していると転移前のことを思い出しかねない。折角始末したのだから、永久に大人しくなって貰わんと困るのだよ》
『徹底抗戦』
《体の支配権を持たぬ君達に何ができる?観念するんだな》
『最終奥義』
その時、落雷が球殻を襲った。金属の球体は瞬時に蒸発してプラズマとなり、その熱量は名探偵他二十三名の人格諸共宿主の肉体を黒焦げにして絶命させるに充分であった。
「──これが、かの『焼死体出現事件』の全容です」
人格投影者にして地下大統領の忠実なる諜報員、楊・ワトソンはそう報告を締め括った。
『するとあの恐るべき超能力探偵人格は転移することなく絶命したのだね?』
「その通りです大統領閣下。正に天の助けにより、事件は完全に解決しました」
『あの雷なら天の助けなどではないぞ。あれこそは地下秘密共和国の秘密兵器、高電位砲の威力だ』
そう言って地下大統領はにんまりと笑い、人格投射通話を切った。
この後、地下秘密共和国が高電位砲により中華人民世界帝国の主要施設を攻撃、3世紀半に及ぶ長い戦いの火蓋が切って落とされるのだが、それはまた別の機会に。
一行目でうれしくなった。さらに「人格暗殺者」で悶えて「一人格だけ逃げる気か」で爆笑した。
ここは俺の探偵事務所だ。
そして俺には超能力がある。
へその上にバナナを三分置く、するとなんとバナナが3cm伸びる。
だから今俺が、半裸で汗だくになりながらバナナを乗せてブリッジしてるのはそのためだ。
決して変な趣味があるわけじゃない。
「ふう、そろそろ三分だな。」
こういうときの三分はとても長い、サッカーをしているときの三分とは比べ物にならない。
俺は体を起こして腹に手をのばした。
…ん?無い!?
バナナが無くなっている!
「誰だ!犯人は誰だー!」
俺は思わず叫んだ。
「もう、静かにして下さいよ。寝れないじゃないっすか。もぐもぐ。」
俺の股下で寝ていた助手のワトスン君がだるそうに起きる。
「寝ている場合か!事件だ!俺のバナナが何者かに取られた!」
「誰があんな汚そうなギャランドゥバナナを食べるんですか。もぐもぐ。」
「失礼な!とりあえず、手帳に事件の詳細をメモしておかねば!」
「てか、さっきから口がなんか甘くてゴワゴワするんっすけど。」
「ワケの分からんことを言うな。ん?なんだこのデカイ機械は?」
机の上には渋谷モヤイ像程度の大きさの機械が置いてあった。
まるでB級のSF映画に出てきそうな胡散臭いかたちだ。
「あ、それ俺のんっす。通販で買いました。」
「なんの機械だ、これは!」
「えっと、スイッチ入れたらバナナと名の付くものが、なんか分かんないけど運命的に穴っぽいモノに入りやすくなる機械っす。あ、たまにバナナは穴に瞬間移動することもあるらしいっす。原理は謎っす。彼女出来るかなって思って買っちゃいましたww」
「くだらん物を買うなー!」
「す、すんません、でも最近流行ってるんすよ。見てくださいよ。」
ワトスン君がテレビをつける。
「ざわざわ…通販番組の途中ですが緊急ニュースです。先ほど総理の発表で明日から日本は中国になることに決定しました。」
テレビにはそのまま総理の記者会見が映っている。
「へえー、中国になっちゃうんすか。つーか通販番組映んないっすね。ちょっと歯磨いてきていいっすか?」
「勝手にしろ!」
「あー、そういや全然関係ないんすけど俺一卵性の双子なんっすよ。」
「…。」
相変わらずワトスン君は必要ない話しばかりする奴だ、と俺は思った。
破戒的ではあるんだけど……なんだろう……もっとうまく踊らせてほしい…みたいな…
その日、北千住のとあるゲームセンターで稼動する全てSF4の筐体において、登場キャラが全て春麗になった。俺の使用キャラは春麗(青)。1回戦の相手も春麗(赤)。次も春麗(白)。四天王も春麗。恐らくラスボスも春麗であろう。
奇しくもその日は、メディアの都合により敗者で居続けることを義務付けられた悲劇のヒロイン、ハルウララの命日(競走馬登録の抹消された日、の意。10月12日。書類上は10月1日。ハルウララさん自身はまだご存命)である。一度として勝利の美酒を浴びることが出来なかったその怨讐が、この北千住に悪意となって降り注ぎ、同じ真名を持つ春麗のプログラムに乗り移ったのも当然のことであった。
それはともかく、俺は生粋の脚フェチだ。当然春麗の扱いが上手かった。ので、勝ち続けた。俺の春麗の下半身から繰り出される数々の美技の前には、いかなる春麗も敵ではない。幾多の春麗の屍を重ね、俺の春麗は、馬ではなく中国人の春麗は無敵であり続けた。戦いの回数を重ねるごとにCPUはランクを増したが、俺は春麗の全てを知り尽くしている。
そして、最後の敵。春麗(ピンク)。もちろん楽勝だ。パーフェクトだ。今日は俺のリビドーが満たされる最高に良き日だった。ありがとう、春麗。ありがとう、馬のハルウララ。
ところがCOMの春麗(ピンク)のLIFEゲージがあと1ドットで無くなるというところで、画面上に軽快な文字が踊る。
HERE COMES A NEW CHALLENGER!
あとわずかのところで乱入か。礼儀を知らない奴だ。俺は顔を上げ、筐体越しに向かいの対戦台に座ったらしい男を睨んだ。もちろん顔は見えないが、わざわざ覗きこむようなことはしない。これは春麗の物語だ。プレイヤーである俺たち二人は、ただの裏方に過ぎない。物語は、春麗自身の手で進めればよい。そう、あくまでこの戦いの登場人物は、春麗だけなのだ。
と、言う訳で無粋な挑戦者の使用キャラも、もちろん春麗(黒)である。俺は、春麗と遊べる時間が延びただけと、前向きに考えることにした。
開始早々、牽制の弱パンチを放つ俺の春麗(青)。その次に起こった悪夢のような出来事を、画面上で優美な構えを取る相手の春麗(黒)が放った一言を、俺は生涯忘れないだろう。
「ヨガ」
テレポート!!
コンマ1秒後、春麗(黒)は俺の春麗(青)の背後に移動していたのである。
俺は混乱した。もちろんこれは、春麗の技ではない。そしてこの春麗が実は色黒のインド人であるわけではない。
春麗がテレポート!未だ、実装されていない未来の技術!
SF5では春麗がヨガに傾倒するエピソードでも挿入されるというのか!俺はこの北千住に現出したハルウララ空間が、未来の世界に移動してしまったのだと錯覚していた。
動揺した俺の操る春麗(青)の動きは精細を欠き、持ち直すことなく2ROUND続けて大地に伏した。そこでようやく俺は自分を取り戻す。負けるな!お前のストッキングへの愛はそんなものか!
自分を物理的に叱咤し、激励する。そこで気付く。今、俺たちがいるのはハルウララ空間。向こうが使えるならこちらも、あるいは?画面上でぶつかり合う、同一のプログラムという名のクローン人間である中華娘たち。向こうに出来て、こちらに出来ないことなどあるものか。
3ROUND目の開始早々、俺はかつての持ちキャラだったインド人の技コマンドを入力した。
「ヨガ」出来た!
これで彼我の戦力差は互角。あとは、テンションの高い方が勝つ。そういうものだ。
何やかやと頑張った末に、俺の春麗は見事、気功という名の超能力的なものとテレポートを駆使して逆転勝利を収めたのである。
改めて戦ったラスボスの春麗(ピンク)にも改めて北千住・春麗連続殺人事件(俺命名)は俺の春麗の完殺という形で幕を閉じたのであった。
流れるスタッフロールを尻目に俺は勝利の余韻に浸りつつ、ランキングの1stに刻まれた名前を指でなぞる。WATOSON。俺の名前だ。もちろん俺は英国紳士などではないが、俺の本当の国籍など関係ないことだ。この物語は、くどいようだが春麗の物語だ。俺たちはただの裏方、行間にのみ存在する登場人物たちの影に過ぎないのだから。
ラストを飾るにふさわしい一作だったと思います。
うわははははははははははははははははは泣けた。